決してそれが全てではないですが、お金は生きるために必要なものです。きれいでもきたなくもありません。
今どきお金が汚いものだと思っている人は少ないのでと思っていましたが、森永康平氏(森永卓郎氏の息子さん)によると、一昔前ほどは卑しいものというイメージはないものの、それでもまだお金をたくさん持つことにはある種の罪悪感のようなものは残っているようです(「お金は「卑しい」ものか? その呪いを解くためにいますぐすべきこと」(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200227-00032555-forbes-bus_all))。
必要なものという認識はあるものの
今でも多くの人にお金が卑しいものと間違った認識を植え付けられている主な理由として、先程の記事中では、親世代が金融機関などにダマされて損をしたことが挙げられています。
本当は金融に関する知識が少ないから、買付手数料や信託報酬が高すぎる金融商品を営業担当に勧められるがままに買ってしまい損失が出たりしているのですが、
そういう経験をしてしまうと、もちろん売りつける営業マンの側もかなり悪いのですが、自分の知識や経験の無さを認められず、お金が人をそうさせていると逆に捉えたくなるのでしょう。
お金があれば生きるために必要なモノやサービスは大体手に入り、多く持っていればちょっと贅沢もできるので、確かにある程度はお金がそうさせるという面もあるかもしれません。
ですが記事中にもある通り、大部分の人はお金を得るためには普通に働くなりビジネスを起こすなり投資をするなりして、人をだましたりせずまっとうな方法で稼ごうとします。
なので、お金そのものが悪いとは言えません。
ここ2,30年くらいの間に多くの国で、労働で得られる対価が横ばい(ちょっと減少している)であることも、お金が卑しいものとイメージを増幅させている面もありまそうです。
日本だとこれが特に顕著に出ています。
労働者に分配される給与の総額はたしか20~30兆円くらい減っていて、代わりに企業の株式を持つ株主への配当金はそれに等しいくらいの金額ぶん増えました。
昔と比べると高配当の銘柄を随分いろいろ選べるようになったのはそうした背景があるからで、
真面目に汗水たらして生きてきた人たちからすれば、オーナーたちが物理的な苦労をせずにお金を得ているのを見ると汚い・ズルいと思いたいところがあるのでしょう。
気持ちは分かるのですが、それでも森永氏が言う通り、今は投資を避けるのは難しい状況にあります。
銀行にお金を預けても、ほとんど利子は付きません。
単純に預金をしているだけで年間4~5%の利子が付いたのは遠い昔の話となりつつあります。
まもなく始まる同一労働同一賃金などが浸透していくと、これから先、普通に正規雇用で就職できたとしてもそれほど高い給料はもらえなくなります。
本来は非正規雇用の人たちの待遇を改善するために制定されたもののはずですが、企業側はこの法律を上手く利用して今まで正規社員にだけ与えていた各種手当等をなくして非正規社員との平等化を図り、全従業員に支払う賃金を抑える方向で行くでしょう。 そうなると、働いてお金を貯めるというのも難しくなるので、最後まで生きていくためのお金を得るためにはどうしても働く以外の手段も必要になります。
労働も投資もまっとうなもの
投資による上がりを汚いものと思う必要はありません。なぜなら、経済を回すには労働力が必要なのと同じように、資金を投じて事業を始める/継続させるという人も必要だからです。どちらが欠けてもダメなので、投資だって立派な経済貢献です。
どちらから上がってきたお金も卑しいものではありません。














